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文教人対談

石田 恒好先生 × 星野 常夫先生

星野 常夫さん × 石田 恒好さん

今も変わらず脈々と流れる
文教大学学園のスピリット(精神)。
文教大学学園学園長の石田恒好先生と
教育学部学校教育課程特別支援教育専修の星野常夫先生。
軟式野球部の初代顧問と2代目顧問のお二人が熱く語る、
「日本一家庭的な学園」のありかたとは。

星野 常夫 ほしの・つねお 先生
文教大学教育学部教授 1949年東京都生まれ。東京学芸大学、東京教育大学(現筑波大学)大学院で学び、1980年より文教大学教育学部教授。研究テーマは障害児教育。
石田 恒好 いしだ・つねよし 先生
文教大学学園学園長 1932年島根県生まれ。1972年より立正女子大学(現文教大学)教授。文教大学学長、学園理事長などを経て2005年より学園長。2009年瑞宝中綬章受章。

強豪野球部を支えた名コンビ

---まず、お二人のご関係をお聞かせください。

石田 共通点としては、二人ともかつての東京教育大学、現在の筑波大学の出身だということですね。

星野 世代は違いますが(笑)、同じ大学の先輩・後輩の間柄です。私が1980年に文教大学教育学部に赴任してからは、入試業務や教育心理学の授業を石田先生と一緒に担当させていただくようになり、立場的には石田先生が上司で私が部下の関係になりました。

石田 上司・部下というのはあくまでも形式上のことで、実際には仲の良い兄弟のような関係ですよ。かわいがる兄と、それを慕う弟という(笑)。最も深い関係は、文教大学が男女共学になり、創設された軟式野球部で私が初代顧問、星野先生が2代目顧問として野球部を日本一に導いたことでしょう。

---お二人とも、もともと野球少年だったのですか?

石田 私は島根県の山村の出身で、家から駅まで4㎞の山道を歩き、さらに汽車で1時間かけて旧制中学に通っていたので、野球部に入部して本格的に練習することが時間的に不可能でした。そこで、村の友だちや中学校の仲間と草野球チームをつくり、自分で考案した縦のカーブを駆使してエースとして活躍しました。青年団から助っ人投手を頼まれたり、ちょっとした花形選手。東京教育大学時代も学内の野球大会でピッチャーを務め、「すごいぞ、別所(当時の巨人軍の投手)みたいな奴がいる」と話題になったりしましたよ(笑)。

星野 野球は好きでしたが、私も石田先生と同様、野球部に入ったことはないんです。でも、高校時代にハンドボール部のキーパーをやっていたので、もともとスポーツ自体は好きですし、体育会系の雰囲気には慣れ親しんでいました。

石田 私の持論として、守備は練習で上達するけれど、打撃は先天的なセンスが必要なので練習では簡単にうまくならない。だから、文教の野球部ではとにかく守りの練習を徹底しました。守りが良ければ、相手に点はとられない。やがて「守りの文教」といわれるようになり、リーグ優勝、全日本優勝と日本一に輝きました。
 私の教育方針は、文教大学の建学の精神でもある「人間愛」です。人間愛が最も理想的なかたちで育まれているのが家庭。教室も研究室も、すべて家庭的な、ひとつのファミリーであるべきだと思っています。上級生は技術的に優秀で尊敬され、人柄の良さで下級生に慕われる存在になる必要がある。つまり、弟や妹から慕われる「自慢の兄・姉」になるということ。野球部も同様、共に練習に励む仲間たちが仲の良い家族のようになるのが理想的。これが心の結束を生み、結果的に強いチームを育てるんです。

学生の良き「兄貴」として

----星野先生が野球部の2代目顧問になられたのは石田先生のご指名だったのですか?

星野 ある時、石田先生とキャンパスでキャッチボールしたことがあって…。石田先生、覚えていますか? 

石田 覚えてますよ。私はよく昼休みに事務の人たちから声がかかってキャッチボールをしていたので、通りがかった星野先生を誘ったんじゃなかったかな。

星野 私は、あのキャッチボールで石田先生から野球の腕前を見込まれて2代目顧問に抜擢されたと思っていたのですが。

石田 いや、それはちょっと違う(笑)。高校時代にハンドボール部のキーパーだったことは知っていましたが、星野先生の教室での学生に対する接し方を見ていて、きわめて家庭的で、学生の兄貴という感じがありました。この人だったら野球部の面倒も兄貴のようにあたたかく見てくれるだろうと確信したんです。

星野 そうだったんですか。それははじめて知りました。てっきり野球がうまいと思われたからだと(笑)。

石田 しかも、星野先生は努力して兄貴をやっているんじゃなくて、もともと家庭的な人柄だから、自然に兄貴がやれていたのだと思う。その最高の長所を買って後任を頼んだのです。大学の野球部の顧問は、学生を指導する必要はありません。小中高大と上に上がるほど、指導ではなく学生の主体的な活動が重要になる。これはスポーツでも同じ。いかに指導するかではなく、いかにその気にさせる雰囲気があるかのほうが大切です。もともと文教大学自体が家庭的な雰囲気を備えていて、特に教育学部は「あったか大学、家庭的学部」と自ら謳っていましたからね。

モノより人が財産

星野 家庭的という意味で言うと、文教は「いい学生」が多いですよね。私の娘は今30代ですが、小学校の上級生の頃に学園祭に連れて来たことがあります。1日中遊んだあと、「どうだった?」と聞くと「すごく面白かった」と言って、翌年は友だちを連れて学園祭に来ました。「何がそんなに面白かったの? 遊び道具がいろいろあるからか?」と聞いたら、「そうじゃない。一緒に連れて歩いてくれたお兄さんやお姉さんがとっても良かった」と。つまり、モノや道具じゃなくて、人が良かったと言うんです。それを聞いた時、私の文教の学生に対する見方が随分変わりましたね。

----星野先生のご専門の障害児教育を学ぶ学生は、特に人間愛なくしては成り立たないのでしょうね。

星野 そもそも18歳で教員を目指す人自体が18歳の全人口からすれば少数派でしょうし、さらにその中で障害をもつ子どもに関わりたいと思う人は一般的に見れば稀有な存在かもしれません。自らそうした選択をした「いい学生」なのだから、あとは自分たちが学びたいことを学び、やりたいことをやればいい。私も定年まであと数年ですが、その手助けが少しでもできればと思っています。

石田 学生が下宿にいるより学校に行ったほうが楽しいと思えるような「心の居場所」になるべきだと思っています。家庭的、家族的な雰囲気によって、最終的には学園全体が「文教ファミリー」になるのが私の理想像です。教職員、卒業生、在学生はもちろん、ご父母も含めた文教大学に関わるすべての人たちが文教ファミリーとなり、日本一の家庭的学園と自他ともに認められるようになりたい。それが私の目下の夢ですね。

----本日は楽しく含蓄のあるお話、ありがとうございました。

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