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SPORTと始まるSTORY

佐々木 貴さん

佐々木 貴さん

キャンパスライフを謳歌した3年間

 田園風景の広がる岩手県一関市。その山奥にある農家が現役プロレスラーである佐々木さんの実家です。プロレス放送の時間には、近所のおじさんたちが自宅に集まり一緒に試合を見る幼少期を過ごし、それがいつしか佐々木さんの「プロレスラーになりたい」という夢に膨らんでいきます。高校卒業を前に「親にプロレスラーになりたいから東京へ行きたいと言ったら泣きますから(笑)」、進学を理由に上京させてほしいと説得し、文教大学情報学部に入学。広報学科を選んだのは、夢破れた時にはプロレスを報道するマスコミの仕事に就こうと思ったからでした。「それが大学に入ったら楽しくてね。野球とバスケットボールのサークルに入り、将来妻となる彼女ができて、茅ヶ崎駅前の喫茶店でアルバイトして、すっかりプロレスのことは頭から消えていました」。キャンパスライフを謳歌していたある日、「卒業したらどうするの」と聞く彼女の言葉にハッと目覚めます、オレの夢はどうなる?

苦節10年、プロレスラーになる夢を叶える

 当時はトレーニングなど何もしていなくて、筋肉のないガリガリの体。「オレ、レスラーになるわ」と言うと、彼女からは「はー?」というリアクションが返ってきました。その「はー?」に闘志を燃やし、3年次から茅ヶ崎駅前にあった養成ジムに入所。4年次の秋には試合が決まりプロとしてデビューしました。それからプロレス一本で生活できようになるまで10年。アルバイトで食いつなぎ、悔しい思いを多々経験しながらもやめようと思ったことは一度もないそうです。
 佐々木さんはプロレスラーとしての自分を、「体が大きいわけではないし、特別なものはなにもない。だからこそ血だらけになって命がけで試合をする」と分析します。デスマッチと呼ばれる危険な試合に挑むのもそのため。血まみれになって戦い、その姿を見て観客は熱狂し、「感動したよ」「明日からがんばるよ」という言葉をかけて帰っていきます。「プロレスって生活になくても生きていけるものじゃないですか。でも、見た人に生きる力を与えてくれるものだと思うんです。プロレスを見てお腹がいっぱいにはならないけれど、人生を豊かにするエネルギーになる」。それを信じて佐々木さんは戦い続けます。

選手として、経営者として、プロレスの世界にいるに幸せ

 佐々木さんには「プロレスリングFREEDOMS」というプロレス団体の経営者という一面もあります。現在所属する選手は13名。日本はもちろん海外でも試合を組んで大会を運営し、集客のための宣伝営業にも自分の足でまわります。また、「許可がおりて、マットを敷けるスペースがあればどこへでも行きます」と言う通り、ショッピングモールなどで無料イベントを積極的に開催しています。「試合会場に足を運んでもらえれば、絶対に満足してもらえる自信はあるんです。そのためのデモンストレーションですね」。さまざまな趣味がある中で「プロレス観戦が趣味です」という人の裾野を広げたい。それが、経営者であると同時に選手でもある佐々木さんが目指すところです。
 今一番の悩みはトレーニングの時間がないこと、自分のために使う時間がないことです。引退という言葉も頭をよぎりますが、「健康で、40歳を過ぎてもプロレスができていることは幸せ」と語ります。「がんばっていたのにケガでやめていく選手、大ケガを負って人生が終わってしまった選手、たくさん見てきました。好きなプロレスで家族を養えることができていることに、本当に感謝しています」。理想はプロレスに関わる人すべてが、笑顔でハッピーであること。「リングを中心に笑顔がつながっていくような空間をつくりたい」と、佐々木さんのプロレスにかける夢は大きく広がっていきます。

佐々木 貴さん
Profile
プロレス団体「プロレスリングFREEDOMS」代表
文教大学情報学部広報学科 1997年卒業

こちらより広報誌「あやなり」第6号(2019年7月発行)をダウンロードして取材記事をご覧ください。

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