文教90年のあゆみ
文教大学学園校友会
文教大学学園 募金のご案内
住所変更のお手続きはこちらから
あやなりwebアンケート
TOP > 文教人 > SPORTと始まるSTORY > 倉橋 香衣さん
SPORTと始まるSTORY

倉橋 香衣さん

倉橋 香衣さん

大学の仲間が支えてくれたケガからの復帰

 体育の先生になることを目指し、文教大学教育学部学校教育課程体育専修に進学した倉橋さん。大学ではトランポリン部に所属し、3年生春の、試合前の練習中に事故は起こりました。「前方に宙返りした時に、あれっ?なんか違うなという感覚があったんですよね」。違う、違うと思っているうちに首が内側に入ったまま落下。救急隊員が到着して確認した時には、すでに足も手も感覚がなかったと言います。「首をやったら…というのは知っていましたが、感覚もなくなるんだなあと。歩けなくなったらどうしよう?と思いましたが『なんとかなるやろ』と」。診断は頸髄損傷。車いすの生活となり、四肢には麻痺が残る体になりました。
 入院した越谷市内の病院へは、部活動の仲間、クラスの友だちが途切れることなくお見舞いに訪れます。実家のある神戸の病院に転院が決まると、「授業の一環」という先生の一声で、クラス全員が見送りに来てくれました。「人と人とのつながりが深いこの学校に来て、本当によかったと思いました」。そして「必ずここにまた戻ってくる、大学に復学する」という思いが、3年に及ぶリハビリの大きな支えとなります。

車いすを駆使して戦う競技に魅了され

 そして倉橋さんは、リハビリ施設で車いすラグビーと出会います。
「車いす同士がぶつかる音が、体育館の高い天井に響いて気持ちよかった」と、練習を見て最初に感じたのはその音。車いすラグビーのもっとも特徴的なプレーであるタックルは、ラグビーのタックル同様、車いす同士が激しくぶつかり合います。「危ないからと制限ばかりの生活だったので、ぶつかっても怒られなくていいなーと(笑)」。楽しい、おもしろい、もっとこの競技を知りたい、気持ちはどんどん車いすラグビーに向かって行きました。
大学復学後、「とことんまでやりたい」という思いで車いすラグビーの名門クラブチーム「BLITZ」に入団。そして東京2020オリンピック・パラリンピック開催のニュースに、「パラリンピックに出てみたい。どこまでやれるかがんばってみたい」と、アスリートの道を選びます。
 「パワーを求められる競技で、女性は有利とは言えないかもしれません。私自身パワーがありませんし、動きも遅い。けれどボールの動きや相手のプレーの先を読むことで補える。そこがこの競技のおもしろさなんです」。さらに倉橋さんは車いすラグビーの魅力を、選手が二本の手で操る車いすのパフォーマンスにあると言います。試合では、「車いすのぶつかり合い、スピード感、オフェンス・ディフェンスの大胆かつ繊細な動き、相手選手とのかけひきにも注目してほしい」と語ります。

パラリンピック出場の夢に向かって

 株式会社商船三井にアスリート枠で入社。週2日仕事、残りは練習という日々を送る中、2017年、世界選手権の日本代表に選ばれます。「私が入れば選手の新しい組み合わせが生まれ、今までにない戦略で戦うことができる。そこを見込まれたのだと思います」。車椅子ラグビーでは選手の障害に応じて得点となる持ち点が与えられており、4人で合計が8点になるように選手を組むというルールがあります。倉橋さんの持ち点は0.5点ですが、女性選手1名につき持ち点は0.5点マイナスされます。つまり倉橋さん以外の3人で持ち点8点となるように選手が組めるわけです。2018年にシドニーで行われた世界選手権。倉橋さんを入れた新しいチームは、見事優勝を果たしました。
 そしていよいよ来年は、東京2020パラリンピック。代表選手に選ばれることはもちろん、「ベンチに入るだけではなく試合に出たい。そして得点に貢献するプレーをしたい」と目標を語ります。車いすになって「できなくなったことも多いけれど、ケガをした時をゼロと考えたら、いろいろなことができている。健常者に戻れたら『ラクそうやな』とは思うけど、何がなんでも戻りたいとは思いません」。車いすに乗れるだけ幸せと笑う倉橋さんは、今日も全力でコートの中を車いすで走ります。

倉橋 香衣さん
Profile
文教大学教育学部
学校教育課程 体育専修 2016年卒業
株式会社商船三井人事部勤務

こちらより広報誌「あやなり」第6号(2019年7月発行)をダウンロードして取材記事をご覧ください。

PAGE TOP